今村 知明 研究テーマ
1. 公衆衛生学
2. 医療政策
3. 医療経営・医療経済
4. 食品保健
5. 健康危機管理
6. リスク・コミュニケーション
7. EBPH(evidence based public health)
研究内容の概要
●医療政策、医療経営、医療経済研究

<なぜ病院が追い込まれたのかの原因究明研究>

いま、病院医療は危機に直面している。特に救急医療、産科医療、小児科医療などに代表されるように、病院での急性期医療が崩壊しつつある。これらの医療の多くは公的病院や大病院が担っている医療であり、これらの急性期病院の建て直しが急務である。これらの病院が崩れた原因は大きく4つある。

第一は、診療報酬のマイナス改訂である。病院の収入は国が診療報酬として決めているが、6年連続でこれが引き下げてられているために、病院の経営は劇的に悪化している。そのため救命や小児科などの採算性の悪い診療科は、収益を上げるため数をこなす事が求められ、医師が大変な激務となり、多くの医師が最前線を立ち去っている。

第二は研修医義務化が実施されたことに伴い医師の需給バランスが崩れたことにある。もともと研修医義務化により2年間新規の医師の供給が事実上絶たれたために、医師数の相対的に少ない診療科が煽りを受けた。

第三は医療訴訟のリスクの増大により、リスクの高い診療科が診療を縮小していることにある。福島医大の産科の事例のように医師からは日常の医療を行っていて助けられなかったケースなのに、民事責任ではなく業務上過失傷害の刑事責任が問われたことから、通常医療で刑事責任を問われる可能性の高い産科などが診療をやめるケースが相次いでいる。

第四は看護師の不足である。前回の診療報酬改定がなされて、夜勤の看護配置基準が厳しくなったことと7対1看護が導入されたことにより、同じ病棟であってもその運営により多くの看護師が必要となったことから看護師が不足する事態に陥っている。
これらの傾向は公的病院ほど顕著で、医師の確保ができない診療科を取りやめるたり、看護師の確保できない病棟を閉鎖したり、救急を取りやめたりする病院が続出している。このような状況下であるため、公的病院については、設置母体の財政負担が難しくなった時点で、売却や廃止を決定する自治体が増えてきている。


<どうすれば立て直せるのかの実地研究>

私は病院経営の改善には5つの原則あって、これにそった改革が必要だと考えている。
経営改善5原則とは、
@執行責任者の明確化
A患者総数の増加対策
B入院患者の単価増加対策
C外来患者の単価増加対策
D原価低減対策
―で、東大病院でもこの順番に改革を進めた。
ほとんどの病院では院長に権限が集約されていない。大学病院では、人事権も実際には医師は医局の教授、看護師は看護部長が持っているので、院長を職員がまったく怖がらない。
であるため、まず最初に、院長に権限を集約して執行責任者を明確化し、トップダウンにより動く組織を作る必要がある。
普通、企業なら総務関係や現業を統括する部署があるが、病院には経営を考えるセクションや人事部もない。これは非常におかしなことである。東大病院では執行責任者を明確化した上で、経営部、人事部のほか、品質管理や研究部など、総務関係のセクションを作った。さらに原業を統括する部署として、入院診療、外来診療、中央診療の運営部をそれぞれ設置した。
組織化した後に目指すのが患者総数の増加である。病院の経営改善として、よく平均在院日数を短くすることが挙げられるが、患者総数が増えないと、平均在院日数を短くしただけでは病床稼働率は落ちる。それでは結局、赤字が増えるだけである。
まず患者のすそ野を広げて、空床があったらどんどん入れて病床稼働率を上げないと経営は改善しない。総患者数を増やす、それもまず外来患者。それが鉄則である。病院収入の大半は入院によるものであるが、外来患者を減らせば、結果的に入院患者が減ってしまう。そうなると一気に経営は悪化する。
患者総数の増加対策として、外来では紹介患者を増加やして紹介・逆紹介を活発にする。入院では、土日の入退院も増やして、できるだけ空床を減らす。外泊も減らす。外泊したい患者さんにはいったん退院してもらう。そうした取り組みが必要である。
赤字を減らすには単純に患者総数を増やして、病床稼働率を上げれば確実に改善する。しかし、病床稼働率のアップには限界がある。それに対して、単価の増加には上限がないので、最終的に一番収入が上がるのは単価の増加である。
そこで患者総数が増えてきたら、次に比較的大規模な病院で取り組むのが入院患者の単価増加対策である。集中治療室(ICU)やオペ室を増設するなどして、病院のファシリティー(設備など)を拡充し、高い診療報酬点数を算定できる重度の患者さんの受け入れを増やす。ファシリティーを整備することで施設基準や診療報酬の加算も取れるようになる。
つぎに原価低減対策ですが、公的病院のほとんどは業者の「言い値」で買っているが、医師らと連携して、事務方に一定の権限を持たせた上で取り組めば、大きな原価低減が可能である。なにもすべて値切る必要はない。医療材料なら上位200品目で材料のコストの半分くらいかかっているので、上位200品目程度に絞って少しずつ低減していけばコスト削減につながる。
後発医薬品も原価低減対策に役立つが、入れれば利益が上がるというものではありませんから、導入するのは、病院の中で使用量が多く、一定以上の収益が確保できるものに限られる。
ここまでいったら、病院はもう完全に「正のスパイラル」で、経営は良くなる一方である。経営難に直面している病院は、ぜひこうした改革を行って、医療界にはびこる「負のスパイラル」から脱却してほしいと考えている。


●医療政策学研究

日本の医療保険制度に関する評価、特にDPCに基づく包括医療制度の改善案とその有効性に関する研究を実施した。
さらに先進各国と日本の医療制度の比較研究、医療機器の内外価格差に関する実証研究、医師のキャリアパスに関する研究などを行っている。
7対1看護の損益分岐点に関する研究や看護師の離職対策に関する研究も行っている。


●医療経営学研究

特定機能病院におけるDPC(Diagnosis Procedure Combination)に基づく包括評価が医療現場に与える影響を診断群分類ごとにシミュレートし、同システムが在院日数などに及ぼす効果を推計する研究を行った。
また、医療設備の効率的利用に関連して、手術室稼働および病床数の関連を研究した。
医療経営学の体系化を試み、標準的な教科書を編纂した。さらに、医療経営学教育プログラムの開発研究を行っている。


●医療経済学研究

仮想評価法(contingent valuation method)を用いて、医療・保健サービスの便益評価に関する研究を行っている。
さらに、費用分析および費用便益分析を用いた保健医療サービスの配分効率に関する実証研究を行っている。
また、予防医学・医療の推進による国民医療費の抑制効果に関する経済分析を行っている。
さらに、医療安全の経済分析(医療事故の費用分析に関する研究、医療安全対策の費用効果に関する研究)も行っている


●健康危機管理と健康に関するリスク分析研究

リスク分析は、
  • リスク評価
  • リスク管理
  • リスク・コミュニケーション
で構成されており、あらゆる被害を最小限度に抑えるための新しいアプローチ手法である。
この手法に基づき、健康危機事件による被害を最小限度にとどめるために何が必要かについて調査分析を行っている。近年は、テロリズムの脅威から国民を防衛する必要性が高まっている。我々は特に、食品を媒介としたバイオ・テロおよびケミカル・テロに対する有効な対策を開発する研究を行っている。
また、近年のグローバル化にともない、食品の安全水準(food safety standard)について、各国の基準を調和させ、統一的な国際基準を作ることが重要な課題となっている。
国際基準は、Codex Alimentarius Comission(CAC)において討議・決定される。我々は、CACで審議される食品安全に関するさまざまな課題について、リスク分析の手法を用いた研究を行っている。
リスク・コミュニケーションについて言えば、政府機関が発表した公的情報と報道機関が流した情報との格差に関する研究や、健康危害発生時における危機管理としてのリスク・コミュニケーションに関する研究などを行っている。また、リスク・コミュニケーションによって実際に被害を軽減できるかどうか実証的に明らかにすることを目的に、食品のパッケージにアレルギー物質を表示することによる食物アレルギーの発症数減少効果に関する調査研究を行っている。


●食品や健康に関するリスク・コミュニケーション研究

多くの人々が食に対して不信・不安を抱き、強い関心を寄せているため、食品に関する事件が発生すれば、当然メディアはそれを大きく取り扱うことになる。しかし皮肉なことに、そういった際の過剰ともいえる報道によって人々は不信を煽られ、不安を膨れ上がらせることになりやすい。その結果、根拠のない思い込みやデマ情報などが新たに生じるようなことになれば、社会全体がパニックに陥りかねない。本研究室の調査では、例えばBSE事件においては、我が国ではBSEによる健康被害よりも遙かに多いこの事件を原因とする自殺者が確認されている。
たとえ事件そのものは小さなものであったとしても、こういった一連の流れは大きな被害を生じ得る。本研究室は不信・不安が膨れ上がっていく際の心理的・社会的なメカニズムを解析し、食品企業、行政、消費者、そしてマスコミのそれぞれの立場の現状や、お互いのコミュニケーションについてのあるべき姿を探っている。


●インターネットアンケート調査による新しい症候群サーベイランス

各国で実施されている診断に基づく届け出感染症の報告と定点調査機関での病原体調査による感染症サーベイランスは、通常の季節的変動をする既知の感染症患者を多く診察する内科医及び小児科医にとって基本的情報であり、かつ非常に有用である。しかしながら、現在のわが国の方法では、各医療機関での確定診断後、各自治体で取りまとめて公表されるまで最短で一週間のタイムラグが生じる。また病原体調査も培養の後、既知の病原体について同定検査が行われるので同様に結果報告まで最低でも一週間要する。それ故これらのサーベイランスだけでは新型インフルエンザに代表される一両日での早期対応が必要な感染症や、SARSのように発症時点で病原体が不明な場合や、2001年炭疽菌事件等のようなバイオテロリズムといった健康危機管理の対象となる感染症対策に対しては十分ではない。
著しく発展しているインターネット技術を用いて、地域住民を対象とした「症候群サーベイランス」を実施すれば最も早いタイミングで症候群サーベイランスが実施できると思われるが、直接対象患者へ実施した疫学調査の報告はあるが、健常者を含めた地域住民を対象とした報告はこれまでにない。
そこで本研究室では、地域住民にPCあるいは携帯電話を使ってインターネットを用いて毎日直接健康調査を行い症状別の発症者数を収集し解析する症候群サーベイランスシステム(以下PCサーベイランス)を構築し運用している。これを事後的に解析、評価し有効性の実証を行なっている。


●インターネットを活用した市販後調査(PMM: Post Marketing Monitoring)研究

  • 中国産冷凍ギョーザ事件で明らかになったように、広域流通食品による健康被害を、現在の保健所への報告制度で早期に検知し、迅速に対策を実施したりすることには限界がある。そのような広域流通食品について、食品に起因する健康危害の発生を最も早く把握し得るのは、製造業や販売企業であるが、現状として、上記のような把握を可能とするシステムは存在しない。
  • そこで、食品の市販後調査(PMM:Post Marketing Monitoring)を活用することが、可能性の一つとして考えられる。食品の市販後調査(PMM)は、Codexにおいて「トレーサビリティ」と並び記載されており、販売後の健康被害を少しでも食え止めるべく迅速に対応する方法として、EUを中心に認識が広がりを見せている。
  • 「トレーサビリティ」についてはわが国でも導入が進んでいる。その一方で、食品の市販後調査(PMM)については、その実効性の難しさと費用の大きさから、中々受け入れられるに至っていない。しかしながら、パーソナルコンピュータ及びインターネットの普及から、困難とされてきた食品の市販後調査の実施に活路が見出せるようになってきた。購入者の連絡先のメールアドレスと購入リストがあれば、商品購入後の感想や状態を聞くようなネット調査を実施することで、ある種類の商品の購入者に、健康被害が起きているかどうかを常にモニタリングすることが可能となる。そこで日本生協連と共同で、おそらく世界ではじめとなる食品の市販後調査を行い、その有効性を検証している。


●食品防御と食品テロ対策についての研究

昨年の中国産冷凍ギョーザ事件の発生以降、食品に対して加えられる悪意をもった攻撃の可能性について、私たちは嫌でも考えざるを得なくなった。「食べ物に毒を入れるなどということは、極めて異常で特殊な事だ」とこれまでは考えられてきたが、近年食品をとりまく世界はますます複雑多様化し、もしも食品やその流通経路などがそういった攻撃のターゲットにされると、大規模かつ広範囲に被害が及ぶことが明らかになりつつある。「食品防御など、必要ない」と言い切ることは、もはや誰にもできないのが現状である。
本研究室では、そもそも「食品防御」とはどんな考え方なのか、そして実際に「食品防御」を行うにはどのような難しさがあるのかを研究し、研究グループによるチェックリストの作成やその評価改善を行っている。


●食品のリスク認識についての基礎的研究

食事の際、今まさに食べようとしている食物のリスクについて、考えたことがある人は少ない。ものを食べる、というのは自分の体内に異物を採りこむ行為である。それには多かれ少なかれ、必ずリスクが伴う。人はみな食べ物によるリスクを背負って生きている、ということができる。
「食事のときに、そんなことを考えるなんて、メシがまずくなる!」と思うかもしれない。本当にその通りである。このように私たちは普段食事の際、自分が食べているもののリスクについて、ほとんど意識していない。それは無意識のうちに「自分が食べるものを、自分が安全だと判断した上で食べている」からだと思われる。つまり自分の食事の最終責任者は自分自身である、という認識をきちんと持って、自分で食べものを確認し、納得した上で食事をしているということなのである。だから、日々の食事に不安を感じず生活していられるのだ。それではどうして近年、食の不安について語られることが多くなっているのだろう。食を取り巻く世界は年々多様化し、これまでの私たちの経験や知識には存在しなかったことが多く生じている。私たちは日々、食に関する「知らなかったこと」「新しいこと」の情報を突きつけられ、自分の判断に不安を感じざるを得なくなっている。「私の食べているものは、絶対に安全なはずだ!」と自分自身に言い聞かせてみても、その根拠が薄弱であるなら、あまり効果はない。本研究室では、そもそも「食べもの」とは何であるかを問い直し、食の安全を判断する際に必要なことは何か、ということをもう一度考え直すためにどのような情報が必要で、どのようなコミュニケーションを必要としているかを研究している。


●保健統計学研究

多くの保健医療にかかわる統計調査・分析を行っている。
一つは、カネミ油症事件のコホートスタディである。近年、検査技術の向上によりダイオキシン類の血中濃度が測定できるようになったことから、カネミ油症患者の血中ダイオキシン濃度と臨床症状との関連についての調査分析を行っている。
また、アレルギー疾患・症状の実態を把握する住民調査や、原因物質究明のための追跡調査なども行っている。
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